〈2022.8.3寄稿〉 寄稿者 MAC
集合住宅における「音」の問題は、齋藤社長のコラム「苦情」No.54、「音」No.80でも触れられているように、とても繊細でデリケートな問題を含んでいる。一戸建てでも家族間や近隣への騒音迷惑というトラブルが起こっているのはご存じのとおり。
令和の時代では、音楽鑑賞というと、ヘッドフォンで聴くスタイルが一般的になってしまったが、昭和の時代は、オーディオシステムのスピーカーで試聴していた。コンポーネントといって、プレーヤー、カセットデッキ、チューナー、アンプ、スピーカーなど、それぞれ高性能の機器を選びコードで接続して、オーディオシステムを構築することもできた。大型機器は海外製も含めて高級だったが、普及型のミニコンポーネントは大ヒットし、若者の一人暮らしには必須アイテムだった。
大型スピーカーで試聴する場合は、部屋の防音(遮音)が欠かせない。音漏れがすると家族から注意されれば意識ができるが、初めて集合住宅に住む場合は、音漏れに無頓着な場合が多く、近隣からのクレームで初めて気づくこともある。1980年代のアパートやマンションは、しっかりと防音対策がされている建築物は少なかった。
スピーカー再生の音漏れは音楽の種類にもより、クラシックのような高音域がメインの音楽は壁面・床面などに響きが吸収されてしまうが、ドラムスやベースのように低域が強い洋楽では、振動となって建築物の躯体を通じて、上下階の離れた部屋にも振動音が生じてしまう。たとえば工事現場や地下工事、風力発電の耳に聴こえにくい超低域の振動は低周波騒音となり、人体への影響も大きく、社会問題にもなっている。
1970~80年代は日本のオーディオ黄金期で、当時オーディオ雑誌の仕事をしていたこともあって、マニアのリスニングルームを訪問する機会があった。オーディオファンの究極の目標は、専用のリスニングルームを持つことで、一軒家からマンション、公団まで限られた条件下でさまざまに工夫を凝らした部屋を取材させてもらった。
リスニングルームというのは、主に音楽鑑賞の専用ルームのことである。ミニコンサートホールのように大きなスピーカーを数台設置し、大音量で音楽を楽しめる空間。新築の場合は、平屋で天井高3m以上も高く取り、前面壁にスーパーウーファーを埋め込んだ部屋もあった。
壁には1m近くの吸音材を詰め込み、二重窓、ドアも専用の防音構造になっている。面積は20畳(約36㎡)以上の空間を設けている例もあった。専門家にアドバイスを受けて、残響音の測定なども行い、リスニングポイント(聴く位置)を数cm単位で決める方もいる。そのためリスニングルームの完成後に、クレームがはいることもある。個人宅の音響設計や工事専門の工務店は少なく、よほど経験がある施工業者ではないと請け負わない。
リスニングルームといっても、すべてのマニアが新築できるわけではなく、洋間や居間との兼用の方も多かった。基本的には、広い部屋で天井が高く、適度な吸音効果があると音楽鑑賞に向く。風呂場のような残響音や不要な反射音が少ないほど、オーディオ機器の「原音再生」に近づけることができる。もし防音や遮音のことを考慮しなくてもよい環境であれば、町家のような和室やお寺の講堂などの音の響きは理想的である。畳や障子による反射音の吸収で、有害な音響現象が起きにくく、スピーカーからの直接音を聴くことができるからである。
都市部ではマンションなどの集合住宅が多いので、リスニングルームの設置は音漏れの対策が必要となる。そこでの建築音響設計の基本は、①防音(遮音)、②響き(残響)になる。ピアノや楽器練習のための防音ルームと、リスニングルームの違いは、その広さにあり、ゆったりと音楽鑑賞ができる空間装飾や部屋の明るさも必要なこと。現在では、音楽専用ルームよりは、映像も楽しむことができるシアタールームが主流となっている。
マンションなどで、映像や音楽を楽しみたいのであれば、壁厚やスラブ厚のチェックは欠かせない。できれば小世帯の集合住宅で、商業施設などが下階に入っている物件や、道路際で騒音対策がしっかりとしているマンションなどで、時間帯を選べば大音量再生も神経質にならなくても試聴できるかもしれない。
移動中にインナーイヤフォンやヘッドフォンで楽しむ音楽も悪くはないが、コンサートで体験するようなライブに近い再生音が可能なスピーカーによる試聴も経験してほしい。音源もアナログレコードからCDと変遷し、お手軽なサブスクの音楽配信などが主流となった。音楽1曲を楽しむために、オーディオ機器の選定からリスニングルームの施工まで、お金と手間暇をかけて楽しんでいた時代は、それなりに音源もリスペクトされていた。ティーンエイジャーにも、大型スピーカーシステムで音を浴びるような体験をしてもらいたいと思う、今日このごろである。