〈2022.7.19寄稿〉 寄稿者 MAC
香港の不動産投資会社が北海道倶知安町(くっちゃんちょう)のひらふ地区で13棟温泉付き高級別荘を開発し、1棟あたり7.5憶~11億円で販売するという。別荘は3~4階建で、床面積は350~450㎡、土地付きで今年末から販売し2023年に完成予定。
2000年以降、国際的なスキーリゾートのニセコひらふ地域は、ニセコ町と倶知安町にまたがる風光明媚な豪雪地域だ。国内のスキーブームが頂点を迎えた1990年ころに倶知安町への観光客数は170万人まで伸びたが、バブル崩壊後の1995年には130万人にまで落ち込んだ。その後、2000年代にオーストラリア人のスキー客の来日がすすみ、2010年代からはアジア圏からの外国人観光客とリゾート開発投資が急激に増えた。2018 年度にはインバウンドの観光客数が増えて約165 万人まで戻した。
その倶知安町山田地区の地価は2017年の3.8万円/㎡から2022年の15.9万円/㎡と、約4倍以上も値上がり、住宅地・商業地上昇率は全国一位である。最寄りのJR倶知安駅から6.5kmも離れている単なる原野だった土地が、とんでもない観光地になろうとしている。
なぜこの地域が海外の投資家に注目されるのだろうか。
私は、富士山に似た独立峰である羊蹄山を中心とするこれらのスキーリゾート地域の出身なのだが、ニセコのスキー場が次々と開発されたのは1970年始めたころだった。この地域は、厳冬期にはシベリア大陸からの低気圧が流れ込み、積雪2m以上となる。気温は-20℃くらいまでしか下がらないが、雪質はパウダースノーという「粉雪」がスキーヤーには有名だった。スキー好適地は北海道内でも限られていて、ニセコ地域のほか札幌・小樽地域、旭川地域くらしかない。室蘭や苫小牧、釧路などの太平洋沿岸地域はもともと雪が少ないため、スケートが盛んだ。
1960年代は、北海道のこの地域は小学校の冬の体育はスキーと決まっていた。週に一度の授業は近所の山までスキーをかついで滑りに行くのだが、スキー場がないころは斜面の積雪をスキーでならすことから始めて、滑り終わればまた丘の頂上までスキーを履いて登っていくという、ひどく単純ながら体力が必要な授業だった。
当時、まだスキー場が開発される前だったので、このようなスキー遊び的な授業であったが、リフト付きのスキー場が完成すると、スキー場でも授業が行われるようになり、子供たちのスキー技術も向上した。このスキーリゾートの開発には1972年の札幌オリンピック開催におけるスノースポーツのブームが契機だった。当時は外国資本の参入などはなく、大手のデベロッパーや地域の観光開発会社などがスキー場を開発していた。人口数千人の町で、外国人に出会う機会などもなかった。
2000年代に入り、帰省するたびにニセコにオーストラリア人観光客が増えたと聞くようになった。欧米やアジアではなく、なぜ豪州なのか。当時はインターネットやSNSも普及していないので、どうも最初は口コミで広がったようである。オーストラリアとは時差も少なく、現地の夏季にウインタースポーツを楽しめ、割安感もあったのだろう。
急にオーストラリア人が増えたと思っていたら、2010年代になり中国や香港、韓国、マレーシア、台湾など東南アジアからの観光客やリゾート開発投資が急増した。アジア圏から北海道へは移動時間も短く、上質なパウダースノーを体験できるのも魅力なのだろう。
ここ数年のリゾート開発への投資はアジア企業が中心であるが、彼らの顧客はスキーがメインではなく、食事や温泉も目的だという。北海道は気候でいうと、北米のニューヨーク州やヨーロッパ大陸、スイスに近いかもしれない。12~4月の積雪期間が終わると、5月になれば一気に白樺やダケカンバの新緑のまぶしい季節となる。植生をみても本州とは明らかに異なり、緯度の高い欧米に近い自然環境のような気がする。
海産物は、日本海側漁港へは車で60分以内と近く、エビ、ウニ、カレイ、ホッケ、イカなどが獲れ、噴火湾を有する太平洋岸へも90分くらいの距離で、ホタテ、ホッキ貝、毛蟹などの高級食材が手に入る。またニセコ地域は酪農も盛んで、牛乳や乳製品も生産されている。農産物ではジャガイモ、蘭越町は米が有名。小樽方面に行けば、サクランボ、スイカ、ブドウ、リンゴなど果実類が名産の余市町も1時間ほど。日本の食料自給率は37%ほどだが、北海道だけをみれば200%近くあり、これはオーストラリアやカナダとほぼ同じである。
倶知安町のスーパーに行けばこれらの地場産食材があり、ホームセンターへ行けば、あらゆる生活必需品が手に入る。私が住んでいたころには、何もない田舎だと思っていたが、現在の外国人視点からは、稀有な恵まれたリゾートなのかもしれない。
温泉の泉質もさまざまで、透明、白濁、緑色、泥系など酸性やアルカリ性などの特色ある12地域以上の源泉地に30分以内で行くことができる。なかでも蘭越町の雪秩父の硫黄泉は、沸き立つ大湯沼から引いており、景観も含めて素晴らしい。ひらふ地域でも、掘削すれば温泉が湧出すので、高級コンドミニアムも当然ながら温泉付きである。
世界でも数少ないスキーリゾート地であり、羊蹄山を望む風光、ヨーロッパ的な自然環境、食に恵まれ、温泉がそろえば、外国人にも魅力的だろう。もちろんこの地域は富裕層のためのものだけではない。ニセコひらふ地域を少しはずれるだけで、数百万円で中古の住宅や別荘を持つこともできる。
それでも、はたして北海道への移住を勧めるかというと、なんともいえない。1年中住み続けるには、雪に閉ざされる冬季の住宅の維持管理には多額の費用と手間がかかる。北海道の厳しい自然は、大きな恵みをもたらしてくれるが、気候はとても厳しく、建築物や車などの人工的な環境の構築が欠かせない。東京都区内の生活と比べると、なんでも物がそろい、医療施設が多く、自家用車はなくても移動が便利な人工的な環境というものは、むしろ人間が作り出した「自然環境」だと思ってしまう。効率的な都市型生活を選ぶか、自然と対峙して生きていくか。リゾート泊であれば、一番気候のよい時期に滞在すれば何ものにも代えがたい体験ができるが、住むとなるとまた別の知恵が必要となる。住み続けるための杞憂は、何億円もの別荘を買える富裕層には無縁のことかもしれないが。