【寄稿№22】悪魔の代弁者 | 東京駅・茅場町・八丁堀の賃貸事務所・賃貸オフィスのことならオフィスランディック株式会社

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    <2022.10.17寄稿>                          寄稿者 たぬきち
    ジャック・ヴェルジェス弁護士は、「公共の敵」「弁護不能の極悪人」を弁護することで有名だった。彼は、1924年、フランス人の父とベトナム人の母のもとラオスで生まれ、父の故郷である海外県レユニオン島で育った。ド・ゴール将軍の自由フランス軍で戦ったが、戦後の学生時代はフランス共産党(PCF)に所属。パリを拠点に、マルチニク出身のフランツ・ファノン、カンボジア留学生サロス・サール(将来のポル・ポト)やキュー・サムファンとも交流。国際学生連盟(UIE)議長としてソ連やチェコを訪問し、人的ネットワークを築いた(のちにソ連高官となった者から、カミユ暗殺を聞いたという)。
    PCFを離れてアルジェリアで独立運動に参加。死刑判決を受けたジャミラ・ハリドを救出し結婚。アルジェリア民族解放戦線(FLN)の広報担当となったファノンが、このことに言及している(佐々木ほか訳『アフリカ革命に向けて』みすず書房)。

    1965年、ジャミラと二人、パリの映画館で日本映画『怪談』(小林正樹監督)を観ようとしていて、48時間後にパレスチナ・ゲリラの裁判がイスラエルで始まると知り、現地へ急行。入国を拒否され、トンボ返りしたこともある。イスラエルは国際的な評判を気にし、被告人を死刑にしなかったので、弁護目的は達成(ヴィオレ=ジェガデン『ヴェルジェス』[仏語])。

    1970年、彼は突然に妻子を捨てて失踪。1978年にパリに姿を現すまで9年間どこにいたのか、終生だれにも語らなかった(最晩年、同僚のロラン・デュマ弁護士に「中国」と答えたとも)。パレスチナ解放運動に加わり、テロリスト「カルロス」同様ワディ・ハダドの組織にいたのではというのが多数だが、米CIAやイスラエルのモサドの諜報網から見て、まったく気づかれなかったのは不自然。そのような状況は、大虐殺のあと崩壊したポル・ポト政権のもとでなら可能だったかと思われる。

    1974年にサルトルをシュタムハイム刑務所でのアンドレアス・バーダー面会に招いたクラウス・クロワッサン弁護士は、1977年7月、自分も拘束され保釈中にパリへ逃亡。サルトルは政治亡命を嘆願したが、1978年7月、身柄はドイツへ送還された。
    パリに事務所をかまえたヴェルジェスは、1980年、ドイツ語を学びドイツ赤軍(RAF)弁護に関わろうとクロワッサンに提携を呼びかけたが、出所後クロワッサンは東独国家保安省(シュタージ)の秘密要員になる道を選ぶ。
    ウィーンのOPEC人質事件などのテロリスト「カルロス」、「リヨンの肉屋」と呼ばれたSS将校クラウス・バルビー(ボリビアに逃げ、チェ・ゲバラ殺害にも関与。1991年獄中死)、ミロシェビッチ・セルビア元大統領ほか、悪名高い大物を次々と弁護。「サダム・フセインだって、依頼があれば」。国際・国外裁判向けに、元外務大臣で国際刑事法専門のデュマ弁護士と組んだのだった。2007年には、カンボジア特別法廷で旧友キュー・サムファン弁護を申し出(ポル・ポトは、1998年病死)。2022年9月、キュー・サムファンの終身刑が確定。

    若い女性弁護士イザベル・クータン=ペールが事務所に加わり、カルロスの弁護をするうちに、彼女は被告人と獄中結婚。2021年9月、日本赤軍によるハーグの仏大使館占拠・人質事件を援護する目的で、パリのドラッグストアに手投げ弾を投げ込んだ事件で、3つ目の終身刑が確定。合間にヴェルジェスとクータン=ペールは、「カジノ事件」で高額の罰金を課せられそうになっていた堤邦子(堤清二氏の妹)の罰金軽減にも貢献した(ヴィオレ=ジェガデン・同上;「敗軍の将、兵を語る」日経ビジネス1982年3月22日)。

    ヴェルジェスは、2013年8月、マリー・ド・ソラージュ女侯爵のもとで、88歳で亡くなるのだが、彼女の居宅は、ルーブル美術館に近いヴォルテール河岸27番地「ヴォルテールの家」の建物内にあった。レストラン「ヴォルテール」なども入居しているが、奥には啓蒙思想家ヴォルテールが息を引き取った居間があり、これが女侯爵の持ち物で、まさにこの部屋で彼は心臓発作で死去。彼女の手配で、「悪魔」の葬儀は聖トマ・ダカン教会(外国宣教会本部)で執り行われた。二人は婚約しており、新婚旅行にカンボジア行きを予定していた。ド・ゴール大統領は、哲学者サルトルを「現代のヴォルテール」と持ち上げたが、ヴェルジェスのほうがそう呼ばれるべきだったかもしれない。

    いつも葉巻を手にしていたヴェルジェス弁護士にならい、葉巻を手にするクータン=ペール弁護士が、今では「悪魔の代弁者」と呼ばれる。彼女も政治犯罪弁護を志向するものの、ヴェルジェス時代ほどには国際的な大物政治・刑事犯に出会えていない。フランスの植民地主義的な国力が衰微(すいび)したことも関係しているのだろう。
    彼女は、2001年、「9.11テロ」前に航空学校で逮捕された仏国籍ザカリアス・ムサウイに対する米国での裁判阻止の試みや、2015年の「シャルリー・エブド襲撃事件」共犯者とされるアリ・リザ・ポラットの弁護に関わった。彼女の「白熱の弁護」(と、マスコミは表現)にもかかわらず、2020年12月、ポラットの第1審判決は懲役30年。現在、控訴審が開かれている。
    2022年9月29日、ハーグの国際法廷で、1994年、ルワンダでツチ族大量虐殺を呼びかけたフェリシアン・カブガ87歳の裁判が始まった。彼は2020年にフランスで逮捕され、オランダへの引渡裁判を受けた。ここに彼女の名はないようだ。ウクライナ戦争が終わったら、だれかが国際法廷に立つのだろう。

     


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