【寄稿№32】フランス知識人の百年  | 東京駅・茅場町・八丁堀の賃貸事務所・賃貸オフィスのことならオフィスランディック株式会社

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  • 【寄稿№32】フランス知識人の百年



                       
    <2023.2.8寄稿>                             寄稿者 たぬきち
    セーヌ川下り 2024年7月にはパリ百年ぶりオリンピックが開催されるが、同3月のロシア大統領選でプーチン大統領5選は確実視されているそうで、ウクライナに平和が到来しているか予想がつかない。開会式では、各国選手団はセーヌ川を船で入場行進。東の植物園そばオステルリッツ橋から、西のエッフェル塔そばイエナ橋までの6km、ノートルダム寺院ほかパリ名所を眺めながら航行、トロカデロ広場(1937年パリ万博会場)へ上陸。
    ムードンの丘に立つ屋敷 故人の作家ルイ=フェルディナン・セリーヌなら、そのイエナ橋から乗船して更に川を下り、セーヌの流れが大きくカーブを切るあたりの、ムードンの岸に上陸してもらいたいと言うに違いない。そこから坂を登れば古い3階建ての建物(売却・修繕中)。第2次大戦末期、反ユダヤの対独協力作家とされデンマークに亡命、やっと1951年帰国したセリーヌとリュセット夫妻が、終の棲家(ついのすみか)とした場所である。ここで彼は、本名のデトゥーシュ医師診療所の看板を掲げ、バレエ・ダンサー出身のリュセットは、ダンス教室を開き生活を支えた。
    「遠くにはサクレ・クール寺院が、凱旋門が、エッフェル塔が、モン・ヴァレリアンが見える!」「川面の往来は残ってる・・・・・・あらゆる動きが!・・・・・・曳き船、その後に続く行列、船縁の高いの、水面すれすれの、石炭、砂、がらくた・・・・・・金魚のうんこみたいに・・・・・・上り下り」「サンクルーの向こうまで・・・・・・なんて眺めだ! ミラボー橋からスュレーヌまでだ!」(セリーヌ『城から城』高坂和彦 訳 国書刊行会)
    失われた原稿の発見と出版 なぜセリーヌ(1961年没)か。1930年代、小説『夜の果てへの旅』『なしくずしの死』で、伝統破りの口語文と、「句読点がないほど長文のマルセル・プルースト」(『失われた時を求めて』)の向こうを張って、「・・・(トロワ・ポワン)」で罵倒(ばとう=ののしり)を連射し、印象派の点描画家スーラのようだとされた。ここからもっと下流のクールブヴォワ生まれを強調するが、実際にはオペラ座に近いショワズール小路(ケンゾー・ブティックがあった)育ちのパリっ子。2021年、彼の幻の原稿1,200枚が発見され、22年には『戦争』『ロンドン』、そして23年4月『クロゴルド王の意志』と、出版が続く中で、ますますプルーストに匹敵すると評価が高まっている。
    セーヌ川の泥水 「私はラ・ジャットとクールブヴォワの間を結ぶ曳船道を、考えこんで、散歩していたのだった」、「そこに、一人の人魚を認めた、人魚は、悪臭ふんぷんたる濁った水溜りの間を、はいずり廻っていたのさ・・・・・・泡ぶくが立ちのぼる泥沼」。「よう! へい! ねえったら! おい! フェルディナン! 陽気なご挨拶のひとつもしたら、どうなのよ! ドあほう! 野卑の大ボラ吹き! 急いで、どこへ行くつもり?」(『死体派』長田俊雄 訳)。
    水質改善と水浴プラン 2024年オリンピック・パラリンピックの水泳、トライアスロン、パラ・トライアスロン競技、市民向け水泳を許可するために、セーヌ川およびマルヌ川の水質改善努力が続いている。生物多様性を強化し、水浴を可能にすることを目指す。
    セリーヌの光と影 1931~41年代発行の反ユダヤ・パンフレ(時評集)3部作『虫けらどもをひねりつぶせ』『死体派』『苦境』が、2012年カナダで公刊されたのを受け、ガリマール社も再発行プロジェクトを発表(日本語版は、1980~2003年国書刊行会 刊)。セリーヌの大ファンであるサルコジ元大統領は、「人種差別が表面化する多くのくだりが含まれる」ため、再出版には好意的でないとする一方、「同性愛者でなくてもプルーストを愛せるように、反ユダヤ主義でなくてもセリーヌを愛することができる!」と語った。カーラ・ブルーニ同夫人は、作家の未亡人リュセットの生前(2019年に107歳で逝去)、周囲を誘ってムードンの丘訪問を楽しみにしていた。マクロン大統領は、Crif(フランスのユダヤ人評議会)ディナーで、「私たちはセリーヌの作品をたくさん持っているので、これらが必要とは思わない」とスピーチ。再発行プロジェクトは、いったん中止。
    ヴィノック『知識人の時代』 ユダヤ問題とはいえ、なぜ大統領までもが文学作品を。フランスでは、1898年のドレフュス事件以来、知識人の「アンガージュマン(社会参加=政治参加)」が強調され、社会が文化に、文化が社会に、かつ政治面でも影響し合ってきたからである。ヴィノックの著作では、そうした「知識人の百年」につき、「モーリス・バレスがドレフュス事件の時期を、アンドレ・ジッドが両大戦間の時期を、ジャン=ポール・サルトルが戦後の時期を、それぞれ代表し」、「数世代にわたる影響力によって、それぞれの時代を特徴づけていた」。
    だが、その後は、「これまでテレビをあれほど軽蔑していた知識人たちが、テレビにとりこまれるのだ。この「メディア化現象」「メディア知識人」こそはインテリ業界最新の変種というわけだ」(塚原史ほか訳・紀伊國屋書店)。セリーヌも、晩年テレビに言及していた。「アンガージュマン《社会参加》なんてものはね! ・・・・・・ 冗談じゃないよ、全く! どうしてテレヴィに出ちゃいけないかだって?」(『Y教授との対話』磯野秀和ほか訳国書刊行会)
    「アンガージュマン」は続く 2022年10月16日パリ。ノーベル文学賞作家アニー・エルノーは、急進左派政治家ジャン=リュック・メランション(不服従のフランス)と共に、生活費の高騰と気候変動への不作為に反対する集会で、デモの先頭に立つ。
    フランスでは、日本の「マンガ」が大人気 テレビが衰退しつつも、マンガとアニメが文化と社会を牽引する時代に、政治はSNSか。
    『風立ちぬ』堀辰雄(1936~8年)とアニメの影響力 仏訳『”Le vent se lève” 風立ちぬ』(1993)は、ヴァレリー由来の表題(「海辺の墓地」から)、リルケの精神、プルーストの手法にならい、かつ非常に日本的な息吹(いぶき)と評されたが、読者層は限られた。ドイツでも、『”Schönes Dorf” 美しい村』が、2016年に翻訳出版されるが、事情は同じ。だが、ドイツ語版『”Der Wind erhebt sich” 風立ちぬ』(2022)は、宮崎駿の同名アニメ作品”Wie der Wind sich hebt” (2014)を思わせる緑の林の表紙で、宮崎作品の影響もあって注目されている。
    『満洲アヘンスカッド』原作/門馬司 漫画/鹿子 1930~40年代の、フランスではほとんど知られていない地域と時代に、読者を引きつける。仏語版第8巻が、2023年3月発行。
    『One Piece』尾田栄一郎 反ユダヤ主義はSNSやフォーラムのルールを潜るため、有名漫画「ワンピース」の「天竜人(てんりゅうびと)」を利用。作者あるいは日本社会の反ユダヤ主義まで議論されたが、それは日本の広域強盗団同様の悪用例だろう。
    『進撃の巨人』諫山創(いさやま・はじめ) 欧州最大の「アングレーム国際漫画祭」で、第50回記念特別賞受賞(フランス進出10年にして、頂点に)。ここでもファシズムと反ユダヤ傾向を指摘されたことがあるが、ヨーロッパの歴史と文化の消化・吸収度合いが称賛されている。
    やはり文章で読む “Jeder geht für sich allein” (2021) Chisako Wakatake: ドイツ2022年リベラトゥール賞を受賞した 若竹千佐子『おらおらでひとりいぐも』河出文庫(第54回文藝賞、第158回芥川賞)のドイツ語版。東北弁を、ザクセン州フォークトラント方言で示す。ドイツ人でも、聞くことはできるが読むには手間取る感動のストーリー。あきらめて日本語に頼ろうとすると、涙で続けられない。


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