<2023.8.28寄稿> 寄稿者 MAC
東京都墨田区の京成押上線八広駅から東武伊勢崎線鐘ヶ淵駅を結ぶ鐘ヶ淵通りは「酎ハイ街道」と呼ばれている。この街道にある酒場では、元祖酎ハイといわれる焼酎を炭酸で割ったハイボールが人気だ。戦後から続く、甲類焼酎に梅酒風の合成エキスを入れて、飲みやすくしたアルコール飲料である。
一方、山の手の赤坂で1948年に開発された「ホッピー」がある。これは、ビール風味のノンアルコール炭酸飲料で、甲類焼酎で割って飲む。現在は、焼酎ハイボールもホッピーも氷をたっぷりいれる飲み方が一般的になったが、本来は焼酎で割って、そのまま飲んでいた。1960~70年当時はまだ氷も割高だったこともあるが、氷がとけてアルコール濃度が薄くならないという利点もある。今でも焼酎ハイボールやホッピーを、氷をいれずに提供する酒場は正統派の老舗といってもいい。
ちなみにホッピーも酎ハイも関東エリアのローカル飲料で、地方から上京して初めて体験するという方も多い。もともとはビールやウイスキーハイボールの代用品のため味は好みだが、酒はうますぎてもよくないと思う。
東京の居酒屋は、京浜急行線や京浜東北線が通る京浜工業地帯、京成線、東武線、総武線、東西線が通る墨田区、葛飾区、江東区など東京湾外沿いの工業地帯などブルーカラーが居住する地域に名店がある。全国的にみても、工場や重工業が集中する街には、食堂なども含めて老舗の飲食店が多い傾向がある。逆に観光地で産業の乏しい地域では、観光客受けする飲食店はあるが、酒場は少ない。
2021年の東京都の区別平均年収をみてみると、葛飾区や江戸川区、墨田区で350~400万円前後、中央区は712万円、一番高いのは港区で1185万円。なぜ東京で名酒場が下町に多いのか。区民の収入に比例しているというわけではないが、港区と下町の飲食店では客単価も異なる。なにをもって名酒場というかは価値観にもよるが、一人単価2千円くらいで、酒2合に、数点の肴があれば十分。老舗店には、時の経過でしか醸成できない空間と時間の流れがある。
中央区はもう庶民的な下町とはいえないけれど、実は魅力的な酒場がまだまだ残っている。問屋街である小伝馬町あたりには、仕事を早仕舞いしたサラリーマンらがさっと飲んで帰ることができる立ち飲み屋もある。
究極は酒屋の角打ちといって、酒販店の片隅で、缶詰や袋詰めの乾きものをつまみにコップ酒を売っている店があるが、繁盛している店には、それだけの威厳があり、常連たちの大切なコミュニケーションの場にもなっている。
つまみ(関西では、あてという)には、三角形のプロセスチーズ、ナッツなどの乾きもの、目玉焼きやハムサラダなどがあり、コンビニでも買えるつまみを、割高になる店で注文するのかと思うが、酒飲みはグルメを求めているわけではない。飲食店は旬の安い食材を仕入れているだけだが、1年を通してみると、そこに季節を感じることもある。必然的に通ってくる客に飽きさせないメニューを提供していることになる。
東京の老舗居酒屋を訪れるなら交通費をかけてでも、「煮込み」を食べ比べすることをすすめたい。大雑把にいうと、東京の東側の下町には、醤油味の牛もつ煮があり、西側には、味噌味の豚もつ煮がある。北関東では、豚肉をメインに食する習慣があり、焼き肉やすき焼きも豚肉を使うことが多い。埼玉県から群馬県、東北にかけては豚肉文化圏である。
東京の東側の地域で、牛もつや牛すじを使う店が多いのは、花街が繁栄した時代があり、高級食の気風があったせいかもしれない。豚もつと牛もつでは単価が3倍違うが、脂身の多い牛の小腸(まるちょう)入りのもつ煮はうまみが強い。豚もつはクセを気にする方もあり、とくに牛肉文化圏の西日本では人気がないが、これも店によって味が違う。
老舗にはもつのみだけで、野菜やコンニャクなど副素材をいれない店もあるし、味噌汁のようなもつ煮やチゲ風の煮込みを出す店もある。蕎麦店にも、なぜかもつ煮定食があったりする。居酒屋料理の特徴は、家庭では扱いにくい食材を使っていること。内臓肉は特別な部位を手に入れるのは難しく、一般的な精肉店やスーパーでは扱っていない。鮮度も要求され調理にも手間暇がかかるが、酒場の独自色がでるのが東京のソウルフード「煮込み」です。