【寄稿№58】 ハイパーインフレ「ドイツが払う」 | 東京駅・茅場町・八丁堀の賃貸事務所・賃貸オフィスのことならオフィスランディック株式会社

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  • 【寄稿№58】 ハイパーインフレ「ドイツが払う」




    <2023.11.29 寄稿>                                   寄稿者 たぬきち
    第一次大戦終結後、ベルサイユ条約によるドイツの賠償履行に圧力をかけようと、1923年、フランスとベルギーの軍隊が、石炭と鉄鉱のルール工業地帯を占領した。
    ドイツの労働者はストライキで抵抗、敗戦で生まれたワイマール共和国政府も、これを「消極的抵抗策」として支援。
    休業労働者へ政府が賃金を給付することで、公的支出はますます増大。

    当時のフランスのクロッツ財務大臣が発した言葉「ドイツが払う」は、マスコミや各方面で取り上げられ、流行語となる。
    「ドイツは報いを受けよ」と、それぞれ勝手に理解したが、クロッツの真意は、フランスは、大戦の戦費を米国借款によっていたため、戦後はこれをアメリカに返済せねばならず、その原資はドイツからの賠償金であったから、それを表現した言葉だった。

    急進社会主義者のクロッツは、パリの裕福なアルザス系ユダヤ人家族出身だが、ユダヤ人将校が迫害を受けたドレフュス事件では、反ドレフュス派という特異な存在だった。
    そのようなユダヤ系フランス人もいたのである。

    その結果、大戦中すでにインフレ傾向にあったドイツは、「ハイパーインフレ」に見舞われる。
    物価が高騰し、貨幣価値は暴落。
    次々に、高額な額面の紙幣が増刷される一方で、代金を払うため、荷車に紙幣を山積みして運ぶ、重量計で紙幣の目方をはかる、値上がり前の朝方に酒を注文しておいて、夕方呑みに行くなどの光景が見られた。

    大戦前の1908年帝国銀行総裁に就任以来、戦後も総裁の地位にあったハーフェンシュタインは、司法官出身の忠実なプロイセン官僚で、経済や通貨・為替の知識は持ち合わせていなかった。
    ひたすら政府の意向に沿ってマルク紙幣を増刷し続けた。
    共和国政府がルール地方の「抵抗策」をやめ、ハーフェンシュタインがインフルエンザで急死。1兆倍の「ハイパーインフレ」は、ゴルトマルク(金マルク:金在庫の信用による兌換(だかん)券)→パピアマルク(紙マルク:不換(ふかん)紙幣)→レンテンマルク(地代マルク:土地信用による疑似(ぎじ)紙幣)と推移して、1レンテンマルクと1兆パピアマルクを交換するデノミを実施、終息する。
    「国破れて山河あり」という、レンテンマルクは、いわばこの時代の「仮想通貨」だった。

    1934年、ヒトラーは政権の座に就くと、賠償金残債務を支払い続けることを拒否。
    第二次大戦後、ドイツは東西に分かれたため、1990年の再統一まで支払猶予。
    2010年にやっと完済となった。
    だが、第二次大戦の賠償金は?

    第二次大戦中の米財務長官モーゲンソーの父親は、ニューヨークの不動産王で、独マンハイム出身のユダヤ人だった。
    モーゲンソーは、ユダヤ難民の保護に尽力する一方、ドイツの敗戦を見越して、ドイツが二度と軍事強国になれないよう、戦後は小国に分割、工業を禁じ「産業革命前の農業国」に戻す、とする「モーゲンソー・プラン」を提案。
    ルーズベルトとチャーチルの内諾を得たものの、実現しなかった。
    すでに、ソ連との「冷戦」が意識され始めていたからである。
    この「プラン」作成実務の担当者は、のちにソ連スパイとして拘束されている。

    実際には、ヨーロッパの復興を助け、欧州をソ連に対する防波堤としたい「マーシャル・プラン」が採用・実施され、敗戦国に賠償金は課されない。

    退任後、モーゲンソーは、建国されたばかりのイスラエルの経済顧問になる。
    イスラエル政府は、その貢献に感謝して、エルサレムに近い「モシャブ(農業共同体)」を「タル・シャハー(ドイツ名モルゲンタウ)」と名付けた。
    タル・シャハーは現存し、このたびのハマス攻撃の被害を受けていない。

    モーゲンソーは、経済的窮状に陥った各国の救済目的で、ワシントンに国際通貨基金(IMF)設立にも貢献した。

    パリ生まれの国際弁護士クリスティーヌ・ラガルドが、2011年、IMFトップ(専務理事)に就任。2019年には、これを辞して、欧州中央銀行(ECB)総裁に。
    経済や農水大臣は歴任したものの、市中銀行も中央銀行も率いた経験のない法律家のECB総裁が誕生した。
    国際法律事務所ベーカー&マッケンジーでの豊富なビジネス法務知識と、フランス人には珍しい完璧な英語力が強み。

    2018年、彼女はIMFを代表し、インフレ克服ままならないアルゼンチンに乗り込み、マクリ大統領(中道右派)、カプート中央銀行総裁とそれぞれ会談。

    フランスの大記者アルベール・ロンドルは、1927年、第一次大戦の惨禍を免れ繁栄するアルゼンチンを訪れ、出稼ぎのフランス女性達を描いた『ブエノスアイレスの道』を出版したものだったが、その後ずっと、アルゼンチン経済は良くない。

    ラガルドは、二人と相性が合ったのか、それとも、2010年初めのギリシャ危機対応が厳しすぎたとの反省からか、アルゼンチン側の希望額を上回る50億ドルの貸与枠を認めた。
    翌年の政権交代で、フェルナンデス大統領(左派正義党)は、返済の困難を考え、残る11億ドルの実行を謝絶。

    12月10日に就任するミレイ新大統領(極右)は、インフレ抑制と政治の抜本改革を掲げ、政府補助金のカット、麻薬・銃器・臓器売買の合法化なども主張している。

    選挙戦では、チェーンソーを持ったパフォーマンスで有名だったが、SNSも活用。
    自身を、アルゼンチンでも人気の「ドラゴンボール超(スーパー)」の主人公に例えた投稿を、X(旧ツイッター)で行っている(コロンビア「セマナ」誌)。
    そのプロフィールでは、悟空の身体に彼の顔が乗っている。
    「自由ばんざい、くそったれ」というメッセージとともに、画像には、悟空の敵全員が襲いかかる様子が描かれているが、それらの顔はミレイの政敵全員に置き換えられている。

    アルゼンチンでも大人気だったこのアニメシリーズは、2021年に打ち切りとなった。
    ブエノスアイレス州の「女性・ジェンダー政策・性的多様性省」長官が、子供向け番組で、性的虐待を示唆するシーンがあるとして、放送中止を求め、現在に至っている(アルゼンチン「クラリン」紙)。

    ミレイは、女性省の廃止や、2020年に合法化された人工妊娠中絶を、再び非合法にすると主張している。
    そうすると、「ドラゴンボール」もテレビに復活するかもしれない。

    ペソが短期間で大幅に下落し、インフレ率が高水準で上昇している状況下、有権者の心をつかんだのが、ミレイの、米ドルの法定通貨化や中央銀行の廃止、国営企業の民営化といった主張である。
    1989年アルゼンチンの「ハイパーインフレ」では、インフレ率3,000%超のところを、政府は、ドルとペソの交換率を1対1に固定することで、数年後には沈静化できた(当時は、外貨準備高が多かった)。
    ミレイは経済学者で、当時の経済大臣と親しい日系2世カルロス・キクチを参謀にしてきた(アルゼンチン「ナシオン」紙)。

    2022年3月には、やまないインフレと通貨下落によって、IMFとの債務再編交渉が行われ、再編合意に達した。
    しかし、外貨準備は枯渇し、反米・親中のフェルナンデス政権は、2023年4月、中国との通貨スワップ協定により、輸入代金の人民元決済を行うに至った。

    早くもミレイは、中国と付き合い続けるつもりはないと公言している。
    ミレイと、ラガルドの後任ゲオルギエワIMF専務理事は、11月24日夜、初めてバーチャル会談し、140%を超えるインフレ率や自国通貨安に見舞われる同国経済をめぐり、意見を交わした(キューバ「ダタ・ディアリオ」紙)。
    ゲオルギエワは、インフレ抑制や財政改善、民間主導の成長押し上げをはかるなどの、次期大統領の方針を支持すると表明。

    右派のマスコミは、これらを担当する新経済大臣には、米国でのビジネス経験もあり、財務大臣も中央銀行総裁も歴任したカプート以外いないという。
    フェルナンデス政権を支えてきた左派正義党支持者層(ペロニスタ)は、カプートは、オフショア企業で利益を上げ節税している各国の人物を取り上げた「パラダイス文書」に名前があった問題で起訴されたこともあり、なによりも国庫債務を膨らませ、インフレを高めた人物だ、と批判する。

    ミレイは、仮想通貨によるペソ防衛も口にしているため、その利用によるインフレ防衛が期待されるところが、過去の「ハイパーインフレ」対応と異なる。

    2023年11月24日の講演で、ラガルドECB総裁は、「私の息子の一人が、母親の言うことを聞かず、仮想通貨投機で大損をした」と語った(パリジャン紙など)。
    かねて彼女は、仮想通貨の投機的側面を批判してきたのだった。

    その一方で、同月1日、彼女の率いるECBは、デジタルユーロの準備段階入りを宣言。
    こちらについては、ラガルドは、10月中旬、「将来に向けデジタル通貨を準備する必要がある」としている(同じく、パリジャン紙など)。

    ミレイ新政権が、仮想通貨を利用してインフレ鎮火をはかったとき、彼女はそれをどう評価するだろうか。


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