随分昔の話だが思い出深い取引がある。当時私はS銀行の御用聞きに力を入れていた。接触すべきキーマンは取引先課長だった。S銀行は融資案件を「創出」する為に不動産情報の収集に力を入れており、その実動部隊のトップがその役職者だった。大型案件を取り込む為には、然るべき戦略が必要であり、闇雲に飛び込み営業を行っても成果は得られない。まず銀行担当者に信頼される必要があった。だから彼らの欲する不動産情報の提供を心掛けた。
時間は要するが信頼が得られると顧客を紹介してくれる段になる。その銀行顧客に直接物件紹介できるようになると成約の確率は高い。銀行の思惑が絡むことなく買い手の真意を汲み取ることができるからだ。私は銀行の顧客情報の真偽を嗅ぎ分け、実現性ある大型案件は、徹底的に継続フォローした。大手企業の寮・社宅などの一棟買い、税金対策の事業用資産買替などが全盛期だった。S銀行も購入が決まれば自動的に融資が纏まるので所謂「WinWin」の合理的なタッグである。その紹介顧客の中にパチンコ店舗(P店)の出店に力を入れるA社長がいた。
私は、繁華街(100坪以上)の土地情報入手に力を入れて足繁くP店社長室を訪ねた。通い詰める内に気付いたのはその「緻密さ」だ。当時17兆円産業ともて囃され、一等地を「爆買い」する成金のようなイメージを持っており、「どんぶり勘定」に違いないと思い込んでいたが、実際にはかなりの理論武装が必要だった。
私は、質問が予測される項目を先回りして調べた。その街の人口、駅乗降数、競合店舗数など多岐に渡る。種類別遊戯台数などは、実際に入店して調べた。(ファンならご存じだろうが縁起の悪い「4」などは飛ばして遊技台に番号を付すことが多い。)店の繁盛具合も実際に入店してみなければ判らない。業界のことを知り尽くしているA社長の信用を失わない為にも正確な調査をする必要があった。また、できる限り分かり易い資料を作成して土地情報に添えた。
ようやく営業努力が実を結び、私鉄沿線の駅ロータリーに面する商業系の一等地約150坪を初取引することとなった。だが、全ての契約準備が整った契約日の前日、しかも夕刻にA社長から呼び出され窮地に追い込まれる。「10億円の取引で手数料満額は取り過ぎだ。半額にしろ!でなければ契約しない!」と捲し立てる。
A社長は、そのタイミングを狙っていたのだと思う。契約直前なら売主に迷惑を掛けられないから仲介会社は折れる(譲歩する)と考えたのではないだろうか。そこから、売主には平静を装い、怒りを覚えながらも契約直前まで会社とA社長との狭間でギリギリの調整を強いられることとなった。
正当な仲介手数料とは何だろう。
確かに大型案件は手数料総額で考えれば不満を感じるのかもしれない。かといって小型案件が割増で貰えるわけではない。大型案件は、情報そのものに価値もあるが、取り纏めに時間が掛かることも多く手数料で報われないのであれば取り組む者も少なくなるだろう。いずれテーマを「手数料」に絞って論じてみたい。
さて、先程のP店の契約後の話。契約関係者が散会した後、同日の内に私はP店社長室を訪ねた。負け戦は承知していたが「泣き寝入り」は良くない。安易な手数料値引きをすれば、その後の取引全てに悪しき前例となる。
社を代表して物申すつもりだった。
多少の不満は残ったが全てが決着。退室の時、私の背中に向かってA社長が言った。「これだけの手数料を俺から持って帰ったのは君が初めてだ。」彼なりの最高の褒め言葉だった。
「それとな、○○エリアでマンション情報を集めろ、君から買ってやる。」私は姿勢を正して頭を深々と下げるほかなかった。叩き上げの経営者は「アメとムチ」の使い方が実にうまい。
このコラム欄の筆者
齋藤 裕 (昭和39年9月生まれ 静岡県出身)
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