不動産投資|社長コラム | 茅場町・八丁堀の賃貸事務所・賃貸オフィスのことならオフィスランディック株式会社

[不動産投資] コラム一覧
  • コラム

    <2026.1.15記>
    何としても掘り出し物を手に入れたい!そう考えるのは当たり前と言えば当たり前の願望。社会的動物である人間が他人と相対比較してより良いものを手に入れたいと願うのは偽らざる本音、いや、本能と言うべきだろう。因みに不動産取引におけるその多くが割安感(お得感)を求めるもの。そうでなければ得難い好立地が絶対条件であったり、時としては単なる無いものねだりの類いであったりする。

  • コラム

    <2026.1.5記>
    謹賀新年。本日が令和八年(2026年)の仕事始めになる。和暦の「八」は字体が末広がりでとても縁起が良い。干支の組合せでは43番目、60年に一度の丙午(ひのえうま)の年にあたる。

  • コラム

    <2025.12.15記>
    早いもので令和7年の師走も月半ばとなった。除夜の鐘が厳かに鳴り響くであろう大晦日も近い。煩悩の数だけ梵鐘を撞いて邪気を払う神聖なるお勤めは師(僧)と参拝者にお任せするとして私は本年の締め括りに今一度世間に向けて警鐘を鳴らすとしよう。コラム№55(憂い)を読み返して頂ければお気付きになると思うが遅ればせながらその続編となる。もっとも、私が鳴らすのは喧しい程に激しく鐘を叩く音ではなく、不動産登記に関する問題点を憂慮する業界人が静かに呟く本音(問題提起)に過ぎない。

  • コラム

    <2025.9.16記>
    当社の仕事は不動産の賃貸・売買に関して件数だけで言えば仲介業務が多いのだが、収益構造からすれば自らが当事者となって行う不動産売買による売り上げが大きく、売買に付随する賃貸事業(保有資産の収益化)の安定度、確実性が高い。つまり、売主(再生再販)や貸主(賃貸事業)の立場であることもあれば、買主(リノベーション事業の仕入れ・顧客からの要請による代理取得)や借主(転貸事業)の立場にもなる多角的ビジネスモデルである。よって、二刀流の仕事どころではない。八面六臂の営業姿勢を以てあらゆる立場に身を置くからこそ良く分かる。高く売りたい売主と安く買いたい買主(又は「高く貸したい貸主と安く借りたい借主」)、不測の事態に少しでも修理費を抑えたい貸主と過剰なまでに完璧な修理を要求する借主、立場の違いによる「温度差」はいつも大きいと感じる。

  • コラム

    <2025.9.1記>
    不動産の誇大広告は宅地建物取引業法第32条により固く禁じられている。その他にも景品表示法に基づく規定もあるし、不動産公正取引協議会に加盟する業界団体所属の宅地建物取引業者ならば、景品表示法の規定に基づいてその団体が自主的に定めたルールに対して公正取引委員会から認定を受けたもの、即ち公正競争規約を遵守しなければならない。よって、売主や仲介人が至高の商品企画であると心から信ずる優良な物件だとしても不動産広告には様々な制限があって「最高」「最高級」「極上」「特級」等、最上級を意味する表現を用いることは許されない。

  • コラム

    <2025.7.1記>
    コラム№10(常識)でも述べたが我々の常識など実に儚く脆いもの。リノベーション事業に携わっているとそれを痛感させられることが多い。住まい選びに関して言えば、設備・仕様・間取り・色調&デザイン等々、いつの時代にもトレンド(流行)に変化があるのは当たり前のことだと思うが基本的なことは疎か不変と思い込んでいた原理原則の類いまでもが根底から覆ってしまうことには驚かされるばかりである。

  • コラム

    <2025.6.14記>
    さて、峠の茶屋で市場価格の2倍で売られている飲料を買うことになった時、貴方ならその値付けに対してどう感じるだろうか。観光地価格と割り切る?それとも次回はより多くの重荷を背負うことを決意する?はたまた高値に強い憤りを感じる?質問の意図を気にせずに自問自答してみて欲しい。その本音を聞けば経営者や投資家としての資質が朧気ながら分かる気がする。

  • コラム

    <2025.4.15記>
    学生時代、専攻していた刑法ゼミで所属する学生が検察側と弁護士側に分かれて「未必の故意」について討論(ディベート)する機会があった。争点は「極寒の深夜に凍死することを予見しておきながら泥酔して眠り込んだ知人を路上に置き去りにした(救護をしなかった)人は殺人罪に問われるか?」だったかと思う。「未必の故意」は立証できれば過失を装う悪人を追い詰めることができる法解釈であることは認めるが、強引な決めつけは予見能力不足の人を冤罪に貶めかねない諸刃の剣とも考えられる。加害者に積極的な殺意が無かったとしても、「救護をしなかったら死ぬ」と予見できたかどうか、何らかの動機があって「死んでも構わない」とまで考えたかどうか、人が人の「未必の故意」を見極めるのはとても難しい。

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    <2025.4.1記>
    本日は4月1日でエイプリルフール、直訳すると「四月馬鹿」、日本でも他国同様に「嘘をついても良い日」という仕掛人のセンス次第で騙された方も笑えるユニークな風習として根付いている。だが、ちょっとした悪ふざけがSNSで拡散されてその情報があたかも事実であるかのように一人歩き、時として誰も笑えぬ大事になりかねないご時世である。いっそのこと、「4(ヨ)・1(イ)」の語呂合わせで単に「良い日」、又は少し洒落て「良い旅立ちの日」に改め、入学や入社、新年度入りを祝う記念日とする方が4月1日を何かと節目や起算日とする日本の文化には馴染むのではないだろうか。

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    <2025.3.15記>
    誤解を恐れずに申し上げると、私はお客様を「神様」だとは思っていない。お客様は大切な、とても大切な「カウンターパート」なのである。何かと不動産会社に絶対服従を求め、「右を向けと言ったら右だけを向いていろ!」といった高圧的な態度を取るお客様がいることは否定できない。また、その理不尽さに何ら抗うこと無く、右の頬を打たれたら揉み手しながら左の頬を差し出せば良しとする卑屈な忍耐を美徳と勘違いしている経営者や営業マンも確かにいる。

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    <2024.12.12記>
    私がコラムを書き続ける理由の一つは、当社ホームページの「SEO(Search Engine Optimization=検索エンジンの最適化)対策であるとコラム№100(SEO)で申し上げた。そのコラムでは執筆を始業前の頭の準備体操、終業後の頭の整理体操と称したし、前回のコラム(№184)では、烏滸がましくもカタルシスなる哲学用語まで持ち出して心の高圧洗浄になっているとまで述べた。だから、売らんが為、貸さんが為の執筆はしないと心に決め、時に不都合なことであっても不動産業界のありのままを伝えてきたつもりだ。それにも拘らず、今回に限っては当社の新規事業(貸会議室)の紹介記事になる。広告宣伝寄りの内容であることは否めない。

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    <2024.10.1記>
    我々(不動産会社)の仕事は、仕入れた(取得した)不動産に何らかの付加価値を産み出してこそ大義のあるものとなる。仮に安値で仕入れることができた不動産が何もせぬまま高値で売れたとしても、それは投機的な売買と見做されがち、俗に言えば「不動産転がし」と揶揄されかねないのである。我が国には過去バブル経済崩壊の苦い経験があり、「不動産転がし」に対しての銀行の目(≒金融庁の指導)は厳しい。

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