<2020.1.20記>
この度の本コラムに取り上げる「夜逃げ」事件は、店舗貸主を始めとする関係各位にとって、もはや「笑い話」の域に達してしまった。実害のあった「笑えない」一部の関係者には、予めお詫び申し上げる外ないが、焼肉店を経営する店舗の借主A氏(以下、単に「A」)が直面した経営的苦難に「悲哀」を感じつつ、何処か憎めぬ「悪行」に思えてならない事件だった。また、目を凝らさなければ見えぬ程の小さな「良心」の欠片を見た。(ような気もする。)希少な体験談でもあるので許される範囲で書き記そう。
念の為申し上げるが、当社はその事件の当事者ではない。(遠隔地ゆえ賃貸管理を辞退)しかしながら、当社が売買仲介した中古ビルということもあり、その所有者(=貸主)は勿論のこと、「夜逃げ」したAも良く知っている。なぜならば、その中古ビルの店舗部分(飲食店全4区画)は、オーナーチェンジ(売主より買主が貸主の地位を承継)による取引であり、仲介人の責務として「貸主変更」の手続きを請負ったからである。
貸主変更当時から問題の多い借主だった。私が一番問題視したのは、原契約の借主名義のまま、旧所有者(=旧貸主)に無断で焼肉店の実質的経営者を二転三転させていたことだった。(屋号を変更せずに仲間内で引き継ぐから表面化しないのである。)また、旧貸主(法人)の管理担当者に小遣いを握らせて共用部の倉庫を無断使用、雑貨のみならず危険物である灯油(暖房器具用)を大量に保管していた。(但し、貸主変更時に倉庫の鍵を強制的に回収)その他、貸主変更後も家賃を滞納すること度々、水道代を惜しんで夜中に共用部の水道を使用したりすることもあったそうである。共用部の花壇で唐辛子を栽培していたことなど他の問題と比較すれば可愛いものであった。
ある日、貸主から「夜逃げ」発生の報を受けた。が、貸主の声は妙に明るい。貸主曰く「問題の多いAの退去はむしろ喜ばしいこと、貸主都合の退去で請求される立退料(迷惑料)と比べたら未回収の家賃・原状回復費用など小さな損害」との見解であった。その後のことを相談したいという貸主の要請もあって現地に駆け付けたところ、どうも店内の様子が予想していた一般的な「夜逃げ」のそれと違う。「Aママ、おめでとう!」みたいな花がいくつも整然と飾られているうえ、厨房設備や接客スペースも決済時(=貸主変更当時)に視察した時よりも綺麗にしてある。複数の業務用大型冷蔵庫の中は、高級食材(上級ランクの牛肉の塊)がいっぱいであるし、手付かずのお酒も沢山あった。
「あら、久しぶりぃ!」「私はお花もプレゼントしたのよっ、」「私もやられたのよぉ。(指を3本立てて)会費3万円!アハハ、」と同ビルに入居する他の店主(皆様スナックや居酒屋を経営する明るい性格の強者達)と会話する内に事態が呑み込めた。Aは、貸主の堪忍袋の緒が切れそうになった滞納家賃の最終支払期限直前、夜逃げ前日(いや、ほぼ当日)、できる限りの知人を集めて深夜に自らの誕生会を盛大に催したのだ。掻き集めた会費・祝金を懐に朝方「ドロン」だ。食材や酒類の買掛金の全てを踏み倒したのだから原価率は0円(丸儲け)である。それでいて招かれた客人たちも高級焼肉食べ放題、お酒飲み放題で「ドンチャン騒ぎ」したのだから、事の顛末に驚きはあっても不満は無い。気の毒なのは、食肉卸業者と酒屋ということになる。
さて、気になる高級食材と大量の酒類の行方だが、これは、「自力救済の禁止」の原則を知り、「守秘義務」がある当方からは触れたくない。ただ、個人的にはその「食材(ショクザイ)」は、迷惑を掛け続けた貸主へのせめてもの「贖罪(ショクザイ)」であったものと思っている。店舗内の清掃がそれを物語っていた。全くの悪人なら清掃などしないで逃げただろう。
もしかしたら、A自身も高額な厨房設備の造作譲渡を受けながら、不採算店の経営を押し付けられた(騙された)被害者かもしれない。そう思うと枯れゆく花壇の唐辛子にも妙に切ないものを感じた。
私の「夜逃げ」事件の見立ては、少し「お人好し」過ぎるだろうか・・・。
このコラム欄の筆者
齋藤 裕 (昭和39年9月生まれ 静岡県出身)
オフィスランディックは中央区を中心とした住居・事務所・店舗の賃貸仲介をはじめ、管理、売買、リノベーションなど幅広く不動産サービスを提供しております。
茅場町・八丁堀の貸事務所・オフィス, 中央区の売買物件検索コラムカテゴリ