「袋地(=他の土地に囲まれて公道に通じていない土地)」の所有者は、「囲繞地(=袋地を囲い込んでいる方の土地)」を通行して公道に出入りできる権利(民法第210条「囲繞地通行権」)を有する。よって、「袋地」であっても既存の建物がある限りにおいて使用収益が可能である。(本コラム№65の「囲繞地(いにょうち)」をお読み頂くとより判り易い。)しかしながら、建築基準法上の接道義務を果たしていない為、「再建築不可(改築は可)」であるから資産価値としての評価は厳しいものにならざるを得ない。
さて、「袋地」の単語で思い出す案件がある。私の会社員時代(不動産販売会社、20年以上前のこと)、「販売スタッフを総入替えしたらどうか。」との分譲主の強い意向(圧力)を汲んだ社命により、後任の販売部隊(特販チーム)として新築分譲マンションの現場入りをしていた頃のことだ。おそらく、私の取り組んだその案件の難度に気づく者はいなかったと思う。なぜなら、私が「難しいこと」こそ、「涼しい顔」で遂行することを信条としていたからである。難局にあっても、水面下でもがきながら何食わぬ顔で湖面を進む「アヒルの水掻き」のごとくあるべし、と考えていた。医者が深刻な顔をすれば患者は不安になる。不動産業における売主・買主・販売現場とて同じことだ。また、そういった心意気の積み重ねで現場に活気が戻るというものである。
竣工間際(当時、竣工済未契約住戸は「売れ残り」の扱いとされた。)となったある日、棟内事務所(宅建業法第50条第2項の届出を済ませた仮設事務所、未契約住戸を養生して転用)から所用があって棟外に出た私は、現地の工事用フェンスに設置したチラシBOXから資料を取り出して溜息交じりにじっと見つめる専業主婦と思しきご婦人(以下「Aさん」)を見つけた。食材の詰まった重そうな買い物袋が近隣にお住まいである(地縁性がある)ことを意味していた。同時に、その溜息が「何らかの事情で購入することが難しい」ことも物語っていた。
目先の業績に追われて参考見学を毛嫌いする現場責任者もいるが、それは愚かな差配である。そもそも「参考見学」であるか否かを瞬時に見抜ける営業マンは少ない。分譲主や(販売代理をする)自社のことを思うなら、地道に「ファン」を増やすことも大切な仕事であるし、その人から伝播する情報(評判・口コミ)を侮ってはいけない。その時に偶々「買えない人」であっても、決して不快な思いをさせてはいけないのである。
「どうぞ、棟内モデルルーム(先行して内装を仕上げた住戸)の見学だけでも。」平日は時間的に余裕があることもあり、本心からそう思って声を掛けた。しかし、「(かぶりを振って)主人が買えるはずがないから・・・。」と頑なに見学を拒否して逃げ出さんばかりだった。それでも会話を交わすうちに少し打解けると、「本当に見学だけでも良いのですね。」そう念を押しながらも(恐る恐る)敷地に足を踏み入れてくれた。振り返れば、その瞬間が、実現不可能と思い込んでいたAさん(ご一家)の新築マンション購入への第一歩であった。
「まぁ素敵!なんて便利なの!」初めて見る新築マンションの設備・仕様にとても感動したらしい。悩みも打ち明けてくれた。Aさんの悩みを要約すると、①老朽化著しい自宅が「袋地」にあり再建築できない。②改築するにしても仮住まいをする余裕が無い。③ご主人の年齢的な問題(60歳過ぎ)と不安定な収入(職業:大工、当時は建設業界も大不況)で住宅融資の利用が難しい。④頭金(手持資金)が殆ど無い。⑤親の代から住み慣れたこの街を離れたくない(その他諸々)、ということだった。だが、新居を欲する動機とAさんご一家の家族構成を聞いた時、「一抹の不安」を感じながらも私の頭の中に閃くものがあった。
「その再建築不可の『袋地』、全く価値が無いという訳ではないですよ。」私がそう言うと、「えっ?」Aさんの驚きの表情の中に期待に胸を膨らませているのが見て取れた。その後の段取りの打合せを終えての帰り際、別人のように明るく手を振って家路につく元気な後ろ姿に住替プロジェクトの成功を予感した。
<コラム72.「袋地(後編)」に続く>
このコラム欄の筆者
齋藤 裕 (昭和39年9月生まれ 静岡県出身)
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