さて、前回のコラム71.「袋地」の続きを書くとしよう。まずは、「袋地」の資産価値について。「袋地」は、再建築できない、住宅融資が利用できない、だから「無価値」である、と思い込んでいる人がいる。だが、その様な弱点ある土地も必ずや解決方法やニーズがある。少なくとも0円ということはない。
例えば、①接道する隣地所有者に買って貰う。(無接道の安価な土地を手に入れることで相手方に含み益が生まれる=Win-Win)②接道する隣地を一旦買収してから併せて売却する。(接道する隣地なら高値で買っても資産価値急上昇=Win-Win)③接道する隣地を同時に売り出して貰う。(接道する隣地は、袋地が割安である分、相場より高値で売れる可能性大=Win-Win)、と言ったところである。また、次善の策として、④新築同然に改築して割安の「中古戸建」に商品化すべく宅建業者に下取りして貰う。最悪でも、⑤「家庭菜園用地」等として活用方法を買主の独創性に委ねる「安価な土地」として売却する方法がある。
私は、Aさんご一家のマンション購入の頭金と引越し費用を早急に捻出(前記④を選択)すべく、信頼できる宅建業者にその「袋地」を直接買い取って貰うよう取り纏めた。手持金不足に窮するAさんご一家に仲介手数料を支払う余裕が無かったこともあるが、仲介部門を通さないことにより住替えが実現できる下取り価格(必要額の確保)とするのみならず、指示・伝達を簡素化する必要があったのである。そうすることで、仮住まいの経費削減を目的とした「明渡し猶予期間(決済後一定期間無償で居住を継続できる期間)」を設けることや「買替特約(万が一、住替え先の融資が不調の場合は白紙解約)」を付して細部に至るまで取引の安全を図ることができた。何よりも他部門の少額取引を軽んじる風潮から(心折れぬよう)私の顧客を守らねばならなかった。
Aさんが、(マンションへの住替えにつき、)ご主人を説得することに成功し、家族全員でマンションを見学する段になった。私の知る限り(統計的にも)、「家」の購入に関しては、「女性」の意向が強い。自らが先導して意気揚々と物件の説明までもするAさんに異を唱える者(家族)などいない。その勢いのまま「家族会議」に(Aさんとの打合せ通り)私も参加することになった。
私は、もう一つ解決すべき大きな懸念材料(前編「一抹の不安」)を抱えていた。口下手な職人肌のご主人に代わってご子息に「親子リレー返済(45才未満の子との収入合算なら35年返済可能)を説得する自信はあったが、ご長男が専門学校生で未就職であった為、就職したばかりの弟さんに所得合算者(連帯債務者)になることを提案せざるを得なかったのだ。当然、弟の功績で購入した家に住まうことになる兄の心境は複雑なものになる。
案の定、自らが親孝行したい「長男」と借金を背負うことになる「次男」の間に微妙な空気が流れた。だが、老朽化する自宅が限界であることも、父上の年齢的・収入的理由で住宅融資の利用が難しいことも、住み慣れた街を離れたくない両親の気持ちも、マンション供給が少ない戸建エリアにおける稀な機会であることも、「話せば分かる」心優しいご兄弟だった。「近い将来、同マンション内で中古として売り物が出た時、兄上が追加購入するのも一案である。」とアドバイスしたところ、私の言わんとすることに意を決した(捲土重来を期する)ご長男の表情が記憶に残る。
建物が完成して住戸の鍵が交付された数日後、家族総出で引越し(マンション至近にある自宅から手運び)をするAさんに敷地内でバッタリ出くわした。荷物を抱えるAさんは、とても嬉しそう(楽しそう)だった。「引越し日和ですね。」などと他愛無い会話を交わす内に、Aさんが唐突に財布から一万円札を取り出し、私が受け取りを拒まぬよう胸ポケットに捻じ込んできた。「これ、気持ち、本当に・・・。」感極まって泣いていた。人は、困難を乗り越えた嬉しい時にも涙する。
金銭受取りに関するコンプライアンス上の是非などどうでも良い。恐縮しながらも、恥じることなく頂戴すべき、有難い、とても有難い、「皺くちゃ」なれど、心に染みる「美しい」一万円札(寸志)であった。
このコラム欄の筆者
齋藤 裕 (昭和39年9月生まれ 静岡県出身)
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