昭和の終わりから平成の初めの頃、不動産(仲介)会社の新入社員は、「(営業職は、)年収の5倍を稼げ!」と発破を掛けられたものである。年収500万円の社員ならば、2,500万円、年収1,000万円の社員ならば5,000万円が年間で求められる仲介手数料の目標総額であったということであり、年収と売上との対比を「還元率」と呼ぶならば、当時の経営者は還元率20%を目標としていたことになる。バブル景気の余韻も残る好調な不動産市況下にあって、管理職の年収を上回る高額所得の営業マンが沢山いた。
さて、不動産会社の経営者が公表したがらない「還元率」についての思うところを述べよう。不動産会社の設立を考える起業家や仲介手数料のあり方に疑問をお持ちのお客様、過小評価されていると不満を抱く営業マンの方々に少しでも参考となれば幸いである。尚、私が申し上げる数値に根拠となるデータは無い。が、核心を突くものと思っている。但し、過去30年に限っての一般論であり、未来志向の内容ではない。
結論から申し上げよう。経営者目線での理想的な「還元率」は、一般的な不動産会社(本社経費負担の少ない中小規模の仲介専門会社・福利厚生制度が比較的充実)なら30%以下だ。限界値は50%と見る。自力で月額200万円(年間2,400万円)をコンスタントに稼ぐ営業マンなら年収720万円位が還元されるような給与体系が構築されて良いと思う。尚、固定給と歩合給(歩合率8~12%程度が標準的、営業エリアにもよる※売上1,000万円で歩合率10%の定めなら100万円が賞与ということ。)の比率は経営者のセンスである。また、景気動向を先読みした修正力も必要。労せず稼げる好景気の時もあれば、営業努力が報われない不景気の時もある。
「還元率」や「歩合(インセンティブ)」が低いと営業職のモチベーションが下がると思われがちであるが、実のところそうでもない。(むしろ、休日・労働時間に拘る若者が多い。)その経営理念が法定福利厚生の遵守は勿論のこと、積極的な集客(広告予算の確保)、営業を手厚くサポートする為の設備投資、不測の事態(雇用維持)に備えた内部留保等、健全な会社経営を意図したものであれば(経営センスを併せ持つ)聰明な社員なら理解する。要は総売上が底上げされて成長戦略が描ければ良いことであるし、年収に占める歩合給の割合が大きい(=固定給の割合が小さい)と精神衛生上も良くない。誰しも多少の好不調・運不運があるものだ。乱高下する年収では家族も不安になるだろう。
不動産業界には、高額所得を追求する余り転職を繰り返す人が多いが、一見魅惑的な高還元率・高歩合率も度を超えると殺伐とした雰囲気の職場になりかねない。過度に「個」の力に依存して(広告予算が取れないから)会社は積極的に集客(広告)してくれないし、サポートする事務方も手薄になる。意識改革もできぬまま外資系企業(スキル重視のドライな合理主義)の真似事をすれば、妬み・嫉みが蔓延る「烏合の衆」となって行き過ぎた成果主義に陥りかねない。また、その種の人材は、稼げない職場であると見限るや、すぐに辞めてしまうから愛社精神が育たない。モラルハザード(倫理の欠如)を起し易くもなる。
賃貸部門に焦点を当てた問題点にも触れておこう。成約難度は高いが、売買仲介部門(都心部)なら、月に2件程度の成約(高額物件・両手取引なら1件)でも目標を達成することができる。ところが、賃貸仲介(特に居住用)部門は成約が容易である反面、手数料収入の成約単価が格段に低い。1件の成約単価が平均20万円(コンパクトタイプだと10万円未満が大半)としても月額200万円稼ぐのに10件の成約、1件の成約に3~5物件の見学が必要と仮定すると、30~50物件のご案内(商談)とその為の反響数(=問合せ数 ※問合せのみで終わるネット反響が多い。)が維持できてこその目標値となってしまう。そこに契約事務まで求めるのは酷というものだ。よって、貸主から頂戴するAD(=advertising費用、広告費のこと)を加味して現実的な契約目標(成約単価・件数)に下方修正しなければならなくなる。成約単価に拘るか、契約件数に拘るか、派生業務(賃貸管理・保険代理店業務等)で売上を補填するか、経営者の悩みどころとなるだろう。いずれにせよ、成果主義を重視し過ぎると賃貸部門の低所得が常態化してしまう。売買部門と賃貸部門は、同一業界にあっても「異質」なのだ。
またもや原稿枠が足りない。本来は、「還元率」を軸に「囲い込み」問題や「仲介手数料」の誤解、報われないと嘆く営業マンの「勘違い」等、体系的に掘り下げて述べたかった。せめてもの参考として申し上げるが、会社員時代の私は、歩合給で仕事をした経験がない。入社3年目(本社組織に所属・固定給)には、年収の約28倍の成績(年間仲介手数料・個人成績)を達成したが、歩合給と特別報酬で士気を鼓舞する流通部門(個人向け仲介部門)の表彰式の傍らに(特例的に)召集され、成績非公表のまま別枠で賞状と金一封を頂戴したのみである。
だが、それで良かったとつくづく思う。もし、若くして大金を手にしていたら、積極投資や身の丈に合わない自宅購入が裏目に出て、その後長引くデフレの波に呑み込まれていたかもしれない。住友家の家訓に共感を覚える私には、「浮利を追わず」が性に合っている。「還元率」に囚われることなく己を磨き、全力で仕事をしたからこそ今がある。外資系企業の方々には、「Workaholic(=仕事中毒を意味する造語)」だったと診断されて笑われることだろう。
このコラム欄の筆者
齋藤 裕 (昭和39年9月生まれ 静岡県出身)
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