<2021.12.14記>
不動産業界の全分野に精通している人は少ない。売買部門と賃貸部門で考え方が大きく異なることは過去に幾度となく述べてきたが、一括りで不動産業界といってもその裾野は思いの外広く、賃貸部門にあっても用途が居住用と事業用で慣習や適用される法令が異なることもあるし、事業用の中でもオフィスと店舗で更に異なる。それらの相違点を取り上げたコラムとしては、№20(適性)にて各職種の特性、№39(A・P・B・FのM)にて賃貸管理運営の分類、№61(仲人)においては日米の文化の違いにまで触れている。
今回は居住用賃貸と事業用賃貸で誤解の多い原状回復のあり方に焦点を当てたい。まず、居住用賃貸物件の場合であるが、退去時の精算は「経年変化(劣化)」や「通常の使用による損耗等の修繕費用」は借主(居住者)に請求できないとされている。それでも貸主の過剰請求や貸主・借主間の見解の相違による紛争が絶えないので当社の主要営業エリアである東京都においては、2004年(平成16年)10月、俗に「東京ルール」と呼ばれる賃貸住宅紛争防止条例(正式名称:東京における住宅の賃貸借に係る紛争の防止に関する条例)が施行された。改正民法(521条・522条)で保障された「契約自由の原則」は尊重されるべきものの、紛争を未然に防ぐ為に予め貸主・借主の負担区分・割合を明確に決めておくことは大いに賛同できる。
この消費者が手厚く保護された居住用賃貸の考え方を事務所の退去時に持ち出す借主(事業者)が実に多い。確かに退去する借主も悪気無く誤認・混同していることが多いのだが、「綺麗に使ったのだから原状回復費用は一切負担しない!」などという開き直りは良くない。原契約に「床材・壁紙は退去時に借主負担にて貼替えること」が明記されているのなら「綺麗か汚いか」は関係が無い。「綺麗」の尺度は人それぞれであり、新規募集時に「新品」だからこそ新借主の退去時に「新品にして返して貰う」ことを貸主は要求できるのである。だから、疑義が生じないよう貸主は床・壁が「綺麗」であっても貼替えることが多い。貸主の立場で考えるとそのスキームは崩したくないのである。
原則論は以上の通りであるが、貸主の英断で紛争に発展することなく円満解決できることもある。例えば、借主が主張する通り、「内装が本当に綺麗」だったとする。とすれば、新規募集には然程支障が無い。ならば、募集告知に「退去時の壁・床(クロス・タイルカーペット)の原状回復義務免除」とでも記載すれば募集促進策になる。貸主は新借主の退去時に貸主の負担で貼替えるのが筋論になるが、原状回復工事をせず、清掃のみで済ませることにより早期募集・早期契約が実現できるなら早期収益再開で元は取れるのであり、「損して得を取った」との見方もできる。もし、借主が将来発生する貸主の貼替え費用負担を理解し、本来掛かる費用の50%程度の金銭的負担に応じるのなら実質的には誰にも損が無いと思う。
飲食店舗の内装も同様の発想でスケルトン返し(内装全撤去)を免除した方がお互いの得策になることもある。多額の費用を掛けてまで厨房設備機器・造作を撤去するよりは、(それらが再利用可能なら、)原状回復工事を免除して貰う代わりに借主がそれらの所有権を放棄(貸主に無償譲渡)すれば、貸主は再募集時に賃料UP可能な「居抜き店舗」としての付加価値が見出せるかもしれない。勿論、借主が貸主に造作等の買取を請求できる場合もあるが、有償ならば原契約の定めの通り「スケルトン返し」を要求する貸主が多い。よって、互いの費用対効果を見極め、「Win-Win」の関係が築けるものか事案毎に検証して貰いたい。
多能工的ビジネスモデルを自負する当社は、各分野に跨がって行動するから常識・慣習・カルチャーの違いに驚かない。だが、何れの分野でも「三方良し」の境地に辿り着く。因みに「ECO広場(残置物無料取り次ぎサイト)」の開設もその一環である。
このコラム欄の筆者
齋藤 裕 (昭和39年9月生まれ 静岡県出身)
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