<2022.3.14記>
例年春先から使用目的(用途)を社宅とする賃貸借の不動産取引が活気づく。引越しのピークが3月、4月になるということは、不動産業界の賃貸部門はその少し手前の2月から4月初旬に掛けて契約のピークを迎えるということだ。その為にも、お客様からの反響(問合せ)を競合他社に先駆けてより多く得ようと年明け早々から募集広告を強化して優良物件の争奪戦を繰り広げるわけである。年間業績に偏りが出るのは好ましくないのだが、やはり日本の引越し(住替え)は「桜咲く」頃から「桜散る」頃までが丁度良い。新学期・就職・転勤の節目であることは勿論だが、暑過ぎず寒過ぎず積極的に行動し易い。何よりも人の心が前向きな気持ちになる季節である。日毎寒さが厳しくなる秋よりも、三寒四温の時を経て新緑の季節に向かって生命の息吹を肌で感じる春こそが最も心地良い季節だと思うのは私だけではないだろう。
前述の通り、春に活気づく社宅需要であるが、仲介人が時々悩まされるのが募集図面記載の「貸主=非居住者」である。税務上の「非居住者」とは、日本国内に住所が無い、又は1年以上継続して日本に住んでいない人(法人・個人)のことを指している。貸主が非居住者であることを明記することで間接的に借主が源泉徴収義務を負う必要があることを示唆しているのである。つまり、その不動産を法人が借り受ける場合、使用目的が居住用(社宅・寮)であったとしても当然に源泉徴収義務を負わねばならないということだ。
その源泉徴収義務とは、非居住者が日本国内で納税する代わりに借主となる法人が賃料を支払う都度、賃料の20.42%相当額を「所得税及び復興特別所得税」として税務署に納付(賃料を支払った月の翌月10日迄、金融機関・コンビニでも納付可)しなければならないということである。実のところ、大企業の殆どが社宅規程で「貸主が非居住者である物件は不可」と定めている為、社宅としては検討対象外となってしまうことになる。余計な経理処理が担当部署の重荷になってしまうからだ。だから、お勧めしたい優良物件であっても貸主が非居住者であると大手法人顧客には物件紹介できなくなってしまうことが多い。また、「定期借家契約」も多くの大企業が社宅規程で対象外としているし、「礼金の上限額」「解約予告期間」「家賃保証会社の利用の可否」「連帯保証人無し」等々、企業毎に細かい制約がある為、貸主が柔軟に条件変更を認めてくれない限り法人契約を纏めることは難しくなる。
その様な事情もあって、非居住者の貸主や募集条件を一切譲歩するつもりのない貸主は、募集当初から法人契約を不可とすることも多い。お互いに社宅規程を後から知って契約を断念せざるを得ず落胆させられるよりも、ある意味合理的な判断だと思う。要するに「非居住者」の記載は「法人契約不可」と言っているに近く、「法人契約不可」の記載は貸主が「非居住者」であるか、法人契約にそぐわない絶対条件がある可能性大である。ベテランの営業マンならそう解釈するだろう。電話口で「一流企業なのに何故駄目なんですかぁ!」などと食い下がる営業マンは単なる知識・経験不足の駆け出しの営業マンであることが多い。(個人的にはその熱き営業魂に好感を持っている。)
尚、事務所兼住居(≒SOHO、Small Office/Home Office)の場合も事務所部分の利用に対しては源泉徴収の義務が発生することに留意されたい。どこまでを事務所とするかは賃貸借契約締結時点で定めておくべきである。そうすることで借主は賃貸契約書に記載された事務所の比率に従って明確に賃料にかかる税額を算出できる。
因みに、賃貸の場合と同様に、非居住者が日本で所有する不動産を売却すると買主に源泉徴収義務が生じる。その不動産の買主は、売買代金の10.21%(所得税及び復興特別所得税)の税率で源泉徴収し、所轄の税務署に支払わなければならない。但し、売買代金が1億円以下で購入目的が自己又はその親族の居住用の場合は不要であるので、売主が非居住者の場合は自己居住用に買い求める「個人」を商談相手とした方が纏め易い。
これらの源泉徴収は、本拠地が(日本国の法律が及ばない)海外にあるからと言って日本国内の税金滞納・不払いは許さないという断固たる国の姿勢なのだと思う。そもそも賃料が源泉徴収されたとて非居住者が税金の過払いになるのなら、確定申告で取り戻せば良いのであって損するわけではない。また、仲介人としては少々仕事(マッチング)が難しくなるだけのことである。ただ、優良な借主・買主であるにも拘らず、申込者が法人であるというだけで成約できない時、何とも言えない歯痒さを感じるのである。
このコラム欄の筆者
齋藤 裕 (昭和39年9月生まれ 静岡県出身)
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