<2022.11.1記>
俳句の世界で「鱗(うろこ)雲」と言えば秋の季語。「鱗雲を見たら3日以内に雨が降る」と悪天候の予兆(的中率は7割程度、科学的根拠もある)とされるが、この魚の鱗のように見える巻積雲に対して私は何ら悪いイメージを持っていない。むしろ、秋を告げる「天高く、馬肥ゆる」の清々しい空を連想するばかりだ。(本来は北方騎馬民族の襲来を警戒する中国の故事ではあるが、)厄介で疎ましいのは「鏡の鱗」の方である。浴室内の鏡を長期間掃除しないと水に含まれる不純物(水滴の蒸発後に残るカルキやカルシウム成分等)が結晶化して鱗状に残ってしまい頑固な汚れとなる。一般的な洗剤で擦った程度では容易に落ちないその鱗、正に「鏡の鱗」と称するに相応しい紋様である。
先日、当社が売主のマンションで入居者の退去があった。長年(10年近く)お住まい頂いた割には経年劣化以外の傷みは無かったのだが、この浴室の鏡の鱗だけは清掃業者の奮闘虚しく新品に交換することになった。その業者が過度な研磨で鏡面が傷むことを心配しているとの報告を受け、買主に約束した売主負担の改修工事の範囲ではなかったものの、当社の誠意として鏡の無償交換を腹に決めたのである。その業者が鏡の鱗落とし(俗にそう呼ぶ)をギブアップしたのは初めてのことであるし、その責任者がわざわざ連絡してくれて駄目だと言うならば本当に駄目なのだろうと思った。(常日頃の誠実な仕事ぶりを見てその位信頼している。)
ところが、些細な事の成り行きから清掃会社の職務怠慢を疑う買主に納得して貰う為、その場で清掃(鱗落とし)の実験をすることになった。どうか常軌を逸した顧客対応と思わないで欲しい。本当に鏡を交換すると決めていたなら無意味な手間だと非難されるかもしれないが、今後当該住戸の賃貸管理を請負う当社にとって連携する業者の言われ無き職務怠慢を疑われるのはとても困る。(賃貸管理は家主との信頼関係がとても重要だから。)その様な事情があって、私の提案により買主自らに専用洗剤(買主の指定銘柄、研磨剤入り)で納得いくまで擦って貰った。案の定、鱗は全く落ちなかった。私は疑念を晴らした上で買主に鏡の無償交換を約束した。
因みに、この鏡の鱗の成分の内、カルキやカルシウムはアルカリ性である。だから酸性で中和すれば落ちやすくなる。身近にある酸性物質は、「お酢」や「レモン汁」、それでは勿体ないから掃除用の「クエン酸」を購入しても良いだろう。長時間酸に浸してから擦れば少しは改善するかもしれない。同じ汚れでも皮脂などの油汚れは酸性。その場合は、弱アルカリ性の重曹(化学名:炭酸水素ナトリウム、安全な自然素材で料理にも使う)を用いる方が良い。良く知られたことではあるが、塩素系漂白剤と酸性物質を混ぜると有害な塩素ガスが発生するからご注意を。
一番問題になる鱗成分はケイ酸塩(水道水に含まれるケイ素が原因となり発生する栄養塩の一種)この汚れはアルカリ性でも酸性でもなく中性。だから、中和反応を用いたテクニックは通用しない。とても硬くて頑固な汚れである。そうなると残る清掃手段は研磨。身近にある研磨剤は、昔ながらの歯磨き粉(昔は本当に粉タイプの人気商品があった。ホワイトニング用の練り歯磨きにも充分な研磨剤が入っていると思う。)、そんな裏技を使わずとも研磨剤(アルミナ=酸化アルミニウム等)入りの洗剤は世に溢れているし、鏡が傷つくことを恐れぬならば研磨剤に人工ダイヤモンドを用いたスポンジタイプで擦ってみると良いだろう。(100円ショップで売られる程普及している。)まぁ、大切なのは日々こまめに掃除することに他ならないだが・・・。
つくづく思うのだが、不動産業は、法律・経済・建築・物理・歴史・自然科学等の広域な学問だけでなく化学までもが紐付いている。しかしながら、私は科学者でもなければ化学者でもない。現場主義を貫いて常に最前線に身を置き、できる限り多くの事象を見聞きすることを心掛けてはいるが所詮一介の不動産業プレイングマネージャーに過ぎない。鏡の鱗落としに「目から鱗」のような画期的なアイデアを発案できないことをもどかしく思う。
このコラム欄の筆者
齋藤 裕 (昭和39年9月生まれ 静岡県出身)
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