<2024.2.14記>
「このブロック塀、大丈夫かな?」ある日、当社が関与する土地の近隣に住まうご高齢のAさんから唐突に声を掛けられた。私は建築士の資格は有していないのだが、Aさんは予てからの心配事を誰かしらに相談したかったのだと思う。私が不動産会社の経営者だと知っていたこともあるとは思うが相談するに値する人物と見込んで頂いたのなら大変光栄なことである。この度書くのは前回のコラム№164「垣根」の流れもあって「塀」についての思うところ。自宅の「塀」が悪い見本として引き合いに出されたとしても、それが反面教師となって見知らぬ誰かの事故を未然に防ぐ可能性があることを理解したAさんは快く本コラム内容を承認してくれた。
塀の向こうで手招きするAさんに気付いて私が徐(おもむろ)に近づくと冒頭の問い掛けになったわけである。些細なことからもビジネスチャンスが広がる私の仕事柄、近隣地権者からの相談を無下にできるはずもない。「私なんか(の見立て)で宜しければ、」と前置きした上で塀の内側を目視確認することになった。すると、強度に問題があることは一目瞭然で驚くことに直線距離20m以上に渡ってあるべき控え壁が一箇所も無かった。木造建築物に照らせば「筋交い(=すじかい、耐震性を高める部材のこと)」を抜いてしまったに等しい危険な塀だと思った。「鉄筋が適切に入っているかどうか以前の問題です。あるべき『控え壁』がありませんね。」と私が率直な所見を述べたところ、「やっぱり・・・。」そう呟くAさんの曇る表情から心当たりがあることが見て取れた。(実は問題点や危険性は知っていた?)
因みに、控え壁とは、塀の倒壊を防ぐ為に壁面に対して直角に一定間隔に設置が義務付けられた補助的な壁のこと。(主たる壁の支持・補強が目的、簡単に言えば「つっかえ棒」の役割)建築基準法の定めとしてブロック塀の高さが1.2m超の場合は3.4m以内毎に控え壁の設置を要す。(挿絵として貼付けた「控え壁」の実物写真参照)控え壁を設置しなかったAさんの意図は透けて見えるかのようだった。ブロック塀の脇の通路は丁度50cm、これは民法上の定め(民法234条:建物を築造する時は境界線と建物の距離を50cm以上保たなければならない。但し、「例外」の規定もある。)をぎりぎりだがクリアーしているように見えた。だが、控え壁を設けると台所の勝手口への通路が遮断されてしまう。また、勝手口の向こう側に控え壁を設けたとしても庭への出入りができなくなってしまう。だから、無謀な手抜き工事というよりは、施主(Aさん)の意向で控え壁を設けなかったものと容易に推察できたのである。だが、私は建築物の法令遵守を指導する立場に無く是正措置はAさんの良心に委ねる他ない。
2018年(平成30年)6月18日に発生した大阪北部地震(震度6弱)で高槻市立寿栄小学校のプールのブロック塀が40mに渡って倒壊し、通学途中の小学4年生の女児が塀(総重量12トン超)の下敷きとなって亡くなる痛ましい事故があった。施工時期すら不明のそのブロック塀は、①高さが2.2m超ありながら、②控え壁が無く、③壁頂まで到達すべき鉄筋が入っていなかった。(地中僅か13cm、地盤から僅か20cmの鉄筋のみ)おそらくその壁は子供の力でも押せば揺らぐ程の脆弱なものだったと思う。子供でも分かるような倒壊の兆候を学校関係者の全員が見て見ぬふりをしていたとすれば、もはや「天災」ではなく「人災」であったことが疑われる。そんな危険なブロック塀の倒壊事故は過去幾度となく繰り返されている。事故のニュースが報道される度に心当たりのある御仁は肝を冷やしていることだろう。Aさんもきっとそんな一人だったのだと思う。
実は「控え壁」には本来の役割とは無関係の思わぬ場面で役に立つ情報が秘められている。それは塀の持ち主がどちら側であるのかの一つの根拠に成り得ることだ。隣地との境界に設けられた塀の持ち主がどちらのものであるのか世代交代によって不明になってしまうことが間々ある。この時、「控え壁」のある側が施主(=塀の持ち主)と推定しても良いのではないかと思う。なぜなら塀を建てる時に相手の敷地に越境するような控え壁を設置することは相手が納得するはずないからだ。塀の持ち主が分かれば境界線も推定し易くなる。それでも留意すべきは「施主が隣接地権者の承諾を得て境界線を中心にして塀を建てることが絶対無いとまでは言えない」から塀の外づらが境界線と決めつけるわけにはいかないということ。よって、境界線の取り決めは塀を建てる時に施主と隣接地権者との合意文書の形式(写真付尚良し)で残しておくことを強くお勧めする。
塀の役割は隣地との境界を明確にすること以外にも防災・防火・防犯(侵入阻止)だったり、プライバシーの保護(目隠し効果)であったりと色々だが、高過ぎる塀は倒壊の危険のみならず、侵入者にとって身を隠すのに好都合な盾となってしまう。いっそのこと開放感あるオープン外構(道路と敷地を仕切らない外構)も一案だと思う。オープン外構の方が侵入者は身を隠す場所がないから防犯性は高い。敷地も広く見えるし工事費用も割安に済む。どうしても通行人の目線が気になる人は、外構の一部のみ塀、又は目隠しフェンスや垣根を設けるセミオープン外構(セミクローズ外構)というコンセプトを採用すると良い。いずれにせよ、戸建に住まう人達は互いに協力して安全で美しい街並みを創る責務を負っていると考えるべきではなかろうか。
このコラム欄の筆者
齋藤 裕 (昭和39年9月生まれ 静岡県出身)
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